人間はある程度の経験を積むと、ステレオタイプが生まれる。
これは実は諸刃の剣なのだ。


昨日、書いた事柄は、そのステレオタイプに侵された人を見ていて、
つくづく人間の本能について考えさせられたからだ。
時に、人は理不尽な方法で人を裏切ることもある。
そして本人はそれが正論だと思っている。
ここに矛盾が生じる。
それは本当に正しいのか。
自らに完全に負がなかったといえるのか。
ステレオタイプに侵された人間は、様々な過ちを過ちと気付かずにいる。
その上、肝心な事柄を自ら知ろうとする意欲が失せてしまっているのである。
某大手企業の重役のように、人間としての感覚が麻痺してしまっているのであろうか。
ステレオタイプに侵された人間の多くが使う表現、生理的に受け付けない、
という表現は、自分が一番嫌う台詞の一つだ。
まさにそれこそステレオタイプなのだ。
物事のたまたまそこに写った一面しか見えていないのだ。
何かしらそう感じる理由があるのに、それを探そうとしない。
全ての人がそうではないが、怠慢な人が多いのも事実だ。
そして、「異常」。
何が異常で、何が正常なのか。
それを解析しようとせずに「異常」と決め付けるのはいかがなものか。
そうやって「異常」と顔を合わせないというのも、また異常であると思うのだが。
あなたはどうだ。
人間としての感覚は麻痺していないか。


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t_tanaka

音楽家 / 編曲家 / Twitchストリーマー / フライトシマー。2001年よりプロの演奏家として関西を中心に活動。2008年より関東に本拠を移し、インターネットを使ったリモートでの音楽制作チームを結成し、以降は編曲家とチームマネジメントに特化した活動を続ける。

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