人からのサジェスションを聞くと言うのもとても大切ですが、音楽の場合はどこが良かったか、どこがうまく行かなかったかを自分自身で見つける事が何よりも大切だと言う事を忘れないで下さい。 今の人達は教えられ慣れ過ぎている傾向にあります。 教えてもらう事は何も悪い事ではありませんが、自分から貪欲に色んな事をみつけたい、と思う気持ちは何よりも尊いものだと思います。
以上は、Makoto Ozone Music Forumの書き込みより一部引用させていただきました。
(c)2005 Makoto Ozone. All Rights Reserved.
久々に覗きに行ってみると、小曽根氏がある書き込みに対し、上記を返信していた。
僕は深い感動を覚えた。そして、同感した。
「教えられすぎている」
まさにそう。
ここからまたいつものアレになりますが…(汗
プロもアマも関係なく音楽家は「まず、自分は何をしたいんや?」ってことを常に自答して進むべき。
月に何度もレッスンに通うのも別に悪くはない。
しかし、そこで歩を止めるのはいかがなものか。
レッスンを受けてるから…と甘えが生じている人が、正直、多い。
「僕は○○先生に師事してたんだ」
だから何だ?良い音、いいグルーヴを奏でなければ意味がないであろう。
僕はどうか。
今になって思うのだが、僕は師のことは、恐らく師とは呼ばない。
勿論、Respectはしている。
師がいなければ、こんなに音楽や音、グルーヴを探求することの楽しさに気付けずにいただろう。
しかし、失礼ながら師のことはライバル視している。いつか追いついてやる!追い抜いてやる!と。
今、思えば、師は必要最小限のことのみを、それとなくふと言っていた。もちろん、最重要項目は重点的に。
何より、僕自身で「考える」スペースを与えてくれたのが印象に残っている。
レッスンの中には「ここがこうでこう!」みたいに、その人の考えや教本に載っていることを押し付けのように教えるが、それは一つ間違えれば、とんでもない一方通行をしてしまうのだ。教えている人が、そうは思っていなくとも、教えられる人からすれば、それが正しいと思い込んでしまうこともある。疑問を持つことの大切さを忘れてしまいそうになるのだ。
そう。自分で考えなくなってしまう恐れがある。
今、特に音楽系のレッスンなどを受けている人は、もう一度考えて欲しい。
何が気持ちいい音か、何が気持ちよくない音か、自分自身で見極めることができるか?
一度固まりきった頭を元に戻すには、勇気と時間が要る。
そうなる前に、自分のアンテナ、感性、インスピレーションを磨かなきゃならない。
方法論なんてものは端から存在しない。
レッスンなどを受けていたとしても、教えてくれる人がやるのではない。最終的には自分でやるしかないのだ。
そう。音楽に後ろ盾など必要はない。
また、馴れ合いになった音楽も必要ない。
演奏フォームやスタイル、音色、使う楽器など関係ないのだ。
どんな弾き方で、または、どれで弾いても自分の音に出来る、というか、自然とそうなるように心がけないと。
目標を明確に持ち、到達しようと日々出来ることを意識を持って積み重ねれば「良い」音に近付く。
僕自身も、課題も数え切れないほどあるし、納得できる演奏には程遠い。
しかし、やり続けるしかない。
それが楽しくて仕方がないからこれからも続けるだろう。
自分で自分を常に確認しながら。
(追記)
何もこれは音楽的なことにとどまらないと思う。
日常、僕らは疑問を持つということの大切さ、忘れてはいないだろうか。
日々、無意味な審議をなされている国会。
僕らの今、置かれている状況を見てみようよ。
国民のための会議がただの茶番になっている。
こんなの、外国なら暴動沙汰だ。
一人一人がまず、意識をしっかり持とう。
僕らはロボットじゃないんだから、反論してもいいんだよ。
あと、アマチュアアーティストの皆さん、
君たちの行動は君たちで決めようね。
主体はミュージシャンにあるんだから、それを忘れないで。
ミュージシャン自身も、もっと自覚を持とう。
あなたは何がしたいのだ。
もっと「音楽」しようよ。
t_tanaka
音楽家 / 編曲家 / Twitchストリーマー / フライトシマー。2001年よりプロの演奏家として関西を中心に活動。2008年より関東に本拠を移し、インターネットを使ったリモートでの音楽制作チームを結成し、以降は編曲家とチームマネジメントに特化した活動を続ける。







