「一般的に」とは何だ。
何を意味する?


目に見えたもの、形になったものを尊重したがる人がいる。
またその過程を重視する人もいる。
それ以外を見る人もいる。
さて、どれが正しい…?
…という議論をするのは無意味ではないか?
人それぞれ重視する点は違うし、人の考えなど、まちまちだ。
相違点を見つけて、それは間違っている、合っていると議論する。
ここまではいいだろう。
が、中には、その相違点だけに着目し、悪い人、良い人とカテゴリー分けする人もいる。
…いやいや、ほっといてやれよ。
自分自身、ぶっちゃけ他人の考えや趣味、収入や身分など、無関心である。
認めないのではなく、「あ~、そういう考えもあるんだなぁ」的なものだ。
参考にするし、参照もして、一致する部分があれば合意する。
得られるものがあれば会得したいと思う。
しかしそれまで。自分は自分。他人は他人。
人それぞれに目標や目的がある。
無い人や、はっきりと見つけられない人もいる。
それはそれで良いと思う。
何をするにしても、各人の心の中にはっきりとした確信があれば、
行動に移せるし、その行動がたとえ傍から見て一見無利益、無意味に見えても、
やっている当人が確信を持ってやっているならそれでいい。
人間、長所もあれば短所もある。
長所をより良くするのも大切だし、短所を直そうとするのも大切だ。
短所ばかり目に付く人もいれば、長所ばかり目に付く人もいる。
善人、悪人、味方、敵、と、
部分を取って、はっきりカテゴライズするのは勝手であるが、
存在する一点や二点を取って、そいつの全てを判断するのはどうかと思う。


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t_tanaka

音楽家 / 編曲家 / Twitchストリーマー / フライトシマー。2001年よりプロの演奏家として関西を中心に活動。2008年より関東に本拠を移し、インターネットを使ったリモートでの音楽制作チームを結成し、以降は編曲家とチームマネジメントに特化した活動を続ける。

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