仕事として、生業の一つとして、編曲をし始めてから約20年が経つ。

特に、関東に移った2008年からしばらくは、編曲家として携わる楽曲が多かった。その頃の話は、ちょこちょここのスペースや当時よく使っていたSNSでしていたが、一方で、編曲というものを明確に意識し始めた頃のことは、意外にも書いていないし、ゲーム配信なんかでも話したことはない。

ちょっと長くなる話なのだけど、いい機会だし書いておこう。

同級生との再会

19歳の頃、偶然が重なって小中学校の同級生と再会することがあった。特に、小学校時代はよく遊んだ友人だった。便宜上Aくんとしよう。

当時はすでに地元から離れていたし、まさかその離れた土地でこんな偶然ある?って感じで、久々に懐かしい話にも花が咲いた。僕が音楽の道を志してることも話した。

すると彼は、同じ小中学校に通っていた別の友人の名前を話題に出し、すごく歌がうまいことも教えてくれた。この友人は、便宜上Bくんとしよう。彼ともまた、Aくんと同じく、その時点で小中学校以来会っていない。

じゃあ地元に帰った時に3人で会ってセッションでもしようか、ということになって、偶然の再開はひとまず閉幕。

3人でのセッション

その後も連絡を取り、数週間後、僕の実家で集まることになった。大学の夏休みだったし、当時はほぼ実家で夏休み期間を過ごしていたので、機材の殆どを持って帰ってきていた。

Aくん、Bくんともに実家に到着。二人とも小学校時代によくお互いの家に行き来していたのもあって、家にあがると、すごく懐かしがってくれていた。Bくんとも改めて久々の対面。うわさはAくんから聞いてるよーってね。

自室に行くと、3人で懐かしい話もしつつ、自然とセッションが始まった。結構な曲数を、僕のギターで演奏した覚えがある。AくんもBくんも本当に歌がうまい。なので、演奏している側もとても気持ちの良い時間だった。

はっきり記憶にあるのは、ゆずの「夏色」。なんか楽しくなって何回もセッションしたなー。

なっつ。

改めて聴くと、その時の肌感みたいなものを思い出す。僕は、幼い頃から譜面がなくても演奏できる(いわゆる耳コピができる)ので、当時流行った曲や、小中学校時代の曲などのセッションが楽しくて、二人も弾けんばかりの笑顔だった。

Aくんのお願い

主にギターでのセッションだったのだが、あらかじめセットしていたシンセサイザーで、高校の頃に文化祭で演奏した曲や、大学当時に打ち込んだカバー曲やオリジナル曲を雑多に流した。

「いやもうプロやん」

二人は驚嘆する。

僕にとってはまったく普通のことで、その時点ではっきり課題も見えてたし、どうしたもんかなー、と思い悩んでいた時期でもあったんだけど、彼らの反応がとても新鮮だった。

ああ、そうか。小中学校時代に知り合った人には、大きなブレイクスルーがいくつもあった高校以降のことは知り得なかったのか、とその時にはたと気づいた。

それはさておき、当時の時間軸へ話を戻そう。

シンセサイザーで流した曲の中には、彼らが知っている当時のヒット曲もあったので、先ほどと変わらずセッションが数曲続く。

すると、Aくんが「願わくば曲を付けてほしい歌詞があるんよね」と話を切り出した。

その後、Aくんが歌詞を書いた経緯を話してくれたり、その歌詞をのせたい曲調なんかを僕が詳しく聞いたうえで、「おっけーおっけー、なるほどねー」とシンセサイザーに向かい、こんな感じでどう?とピアノ音源で弾き、その場で提案した。

それもまた彼らには驚きだったらしく、なんでそんな自然にできるの!?と目をクリクリしていた。

でもって、これは自分にとっても驚きだった。

というのも、それまで自分のためだけに作曲や編曲をしてきて、何度も壁にぶち当たって、スランプを経験していたからだ。力を抜いて、自然に曲とアレンジが出てくる自分にもびっくりだった。感覚として、押すばっかりだったのが、引いたらうまくいった的な感じ。

ボルテージが上がりきった僕ら3人は、その場でメインボーカルを務めるBくんのキーに曲を合わせたり、アレンジのドラフトを実際にその場で打ち込み、大まかなアレンジ案を伝え、実際の曲をイメージしてもらったうえで、後日改めてこの日と同じ僕の実家の自室でレコーディングしよう!ということになり、その日は別れた。

3人でのレコーディング

レコーディング当日。

今日のような洗練されたDAWが出始める遥か前の時代ということもあり、当時、僕が持っていたYAMAHAのMD4という機材で録音することにした。

AくんとBくんが到着すると、他愛もない雑談をしつつ、この数日間で完成させたアレンジの曲を聴いてもらう。

「プロすぎる」「このたった数日でこの完成度とかすごいとしか言いようがない」

数日前にサラッと弾いて打ち込んだドラフトは、目がクリクリだったのに対して、今回はシンプルな驚嘆だった。恐縮しつつも、アレンジの意図を二人に伝え、大きな変更はなく続行することに。

メインボーカルのBくんは、改めてメロディーと歌詞を身体に「入れる」段階に移ってもらい、他方、Aくんと僕は、曲の最後のパートで登場するコーラスラインを覚える段階に移る。

驚いたのが、Bくんの曲を覚える速さが尋常じゃない。軽く歌ってもらったら、完璧に覚えていたので、そのまま流れで録音することにした。

さらに驚愕だったのが、Bくん、1テイクでほぼ完璧。あなたがプロでしょ、って思ったし、プロとして活動している現在、少なくとも関わったミュージシャンの中には、ここまで正確に、そして速く曲全体を覚えられる人はBくん以来見たことがない。録音し直しも、ほんの細かい譜割りだけ。恐れ入りました。

だってね、最後にちょろっと登場するAくんと僕のコーラスのほうが時間かかってるんだよ?wあんたすげーよ、って伝えた。

そんなBくん、コーラスに苦戦するAくんに「大丈夫!あとちょっとだから!」とモチベーションを最高にキープする言葉をかけていてくれた。これは助かったなぁ。当時は目の前の作業に必要以上に必死だったし。

レコーディングの最後に、アウトロのみに登場するギターソロを録音して、ミックスして、完パケした音源を二人に渡した。

二人は本当に喜んでくれた。ありがとう、と何度も言ってくれたが、僕の方こそありがとうだよ、と何度も返した。それまでの自分の作曲や編曲において、人の作品として、その人が喜んでくれるために全体を俯瞰的に見るということを、させてもらえた最初の機会だったから。

こういうふうにちゃんと言語化出来たのは、それからしばらく経ってからだけどね。

そんなこんなで、作詞&コーラス:Aくん / 補作詞、作編曲&コーラス:僕 / ボーカル:Bくんという布陣での合作曲「夕立ち」が完成。

実際に当時書いたトラックシートがこれ。

1998年8月19日のことだったらしい。冒頭に「19歳で再会した」と書くことが出来たのは、このシートがあったからだ。残念ながら、最初にセッションした日はもう覚えていないが、察するにお盆休み周辺だったんだろう。

レコーディングの全てのプロセスが終わって、実家の玄関先へ彼らを送っていく。また近いうちになんかやろうね、とお互いに言葉をかわし、それぞれに別れた。

当時の自分とその後の変化

先にも書いた通り、この時期、自分の作品や編曲については、スランプに陥っていた。先述の感覚の話だと、押してばかりいたからだ。

だからこそ、これだけ力を抜いて、ほぼ全てのプロセスが流れるように進んだ3人でのセッションは、とても大きな気づきだったし、まさにその時は、自分自身で驚いていた。

そして、この時の編曲体験を経た後の音や曲は、明らかに変わり始めた。

こういったブレイクスルーを体験することが出来たのは、本当に幸運だったと思う。その時にいてくれた人が良かったというほかない。

10代後半にそういう機会がいくつかあったのだが、こと音楽に対する姿勢や、作る音楽は、ブレイクスルーのたびに少しずつ土台が出来ていったという感覚だ。

あれから26年

それからしばらくは、彼らとメールのやり取りをしていたが、一方で、この時を最後に、実際の再会はなく、現在に至る。

ただ、これを書いている2025年になっても、温かい原体験であることは疑いようがないし、彼らには深く感謝しているけど、寂しいとか郷愁を感じるという感覚はない。

AくんとBくんが「あの時なんかめっちゃ楽しかったな」とちょっとでも覚えてくれてたら、このうえなく嬉しい。

あとがき

ここまで書いて、なんでこの話をどこにも書いてないか分かった。

長いからだw

いやほら、こういう体験だからさ、どの部分を抜いても駄目なのよ。全部含めて原体験っていう。

文字主体のSNSにハマっていた2010年代も、できるだけスレッドを分けずに、制限された字数でかつ1ポストで伝えるってことに重きをおいてたもんなぁ。だからどこにも書けるはずがねぇw

ただ、繰り返しになるけど、この体験は、当時の自室の肌感もそうだし、当時の天気やセッションをした時間帯なんかも事細かに覚えてる。

改めて、当時こういう機会をくれた二人にありがとう。そして、見守っていてくれた当時の家族にもありがとう。

そして、ここまで読んでくれたあなたにも精一杯のありがとう。

最終更新:2025-01-25

記事を気に入って頂けた方は、上にあるいいねボタンを押して頂けると嬉しいです。プロフィール:レコーディングディレクター、作編曲家、トラックメーカーのかたわら、レースシミュレーター・フライトシミュレーターのWeb管理、日英翻訳、フライトシミュレーター実況配信をやっています。滋賀出身千葉在住。WindowsとStudioOne使い / Spotify他各音楽配信サービスでアルバム、シングル配信中です。僕のセレクトしたプレイリストも随時更新中してます。 => Tetsuya Tanaka on Spotify