14年前、自然気胸という病気にかかった。それについては別記事にまとめてあるので、そちらを見ていただくとして。

私的自然気胸のおさらい(2003年になりました)

この記事では、同じ時系列での別の回想をしようと思う。

自然気胸になった時期は、もう既に音楽の仕事を始めていて、実家に帰る機会が大幅に減り始めていた。しかし、病気の後のケアが大事だということで、地元の病院で入院と手術をすることになった。手術は無事終わり、その後、術後療養で規則正しい生活を送るために1ヶ月ほど実家で暮らした。

その頃、体が弱ってきていた祖母の要介護レベルが以前より1段階上がった。それを機に、実家の中で祖母が一番行き来する場所を中心に、大がかりなバリアフリーリフォーム工事が始まっていた。

実家に帰って入院初日まで1週間ほど。ひっきりなしに工事関係者の方が行き来し、家の半分ほどにおがくずが舞う日常。手術への不安と、自然気胸にそれほど知識がなかった時期だったのもあり、とてもイライラしてた。

入院と手術は無事終わり、実家で療養の時期に入る。

久々に家族4人で過ごす日常。祖母も要介護レベルではあったが、自分でなんとか歩いたり日常生活を送ろうとしていたので、4人一緒のダイニングテーブルで食事する機会も多かった。

ただ、それよりも日常的に工事が行われている日々だったので、どこか落ち着かなかった。早く一人暮らしに戻りたい。その一心で時が過ぎるのを待ち、術後のリハビリもきっちり取り組んだ。

おかげさまで、術後経過検診の結果も良好。予定通り、術後1ヶ月で僕は再び一人暮らしに戻り、仕事に復帰する。

その約2年後、祖母は旅立った。

最近、それをふと思い出すことがあった。早く過ぎて欲しかったあの時間。でも、見方を変えてみてハッとした。祖母がまだ元気な頃にああやって家族4人で過ごせたのは、何にも替えられない貴重な時間だったのだ。

「なんでこんなガヤガヤしてる時期に」「自分にとって大事な時に」と当時は思ったが、恐らく先祖の誰かがその数年後を見越して与えてくれた時間なのかもしれない。

Tetsuya Tanaka(田中哲也)

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